閲覧自己責任

閲覧は自己責任で。底辺サバイバーの笑うしかない独りナラティブセラピー。☆マークのついている記事は特に読むのに注意してね。

Don’t trust what he said!!

八王子ン時、

「タトゥーいれたってことは一生ビートりょうでいるってことですか?」

「ビートにそんな覚悟はないっ(`・∀・´)」

って会話をした。もちろん長く続けてほしいとは心から思ってるけど、私が誰に対しても「人生は本人の自由だから」という気持ちを持ってるのも事実で。楽しめなくなったら、心からステージで笑えなくなるくらいだったら、キミたちが苦しみながら音楽をやる日が来てしまったら、いっそのこと辞めてくれとも思うほどだ。そんなわたしは薄情だろうか?

 

 

 

わたしはとある人を信じていた。その人はわたしに音楽の楽しさを教えてくれた人で、その詩を以ってわたしの未来を変えやがった人で、わたしがその頭の中を知りたくて仕方なかったひとだった。

とあるタイミングで、彼のうなじの上にいくつものストレスハゲを見つけることになった。

ハゲにショックを受けたわけじゃないぞ、誰よりも繊細で、誰よりも優しい彼が、明らかに心因性の症状を患っている。

だれだよ、わたしのヒーローを、傷つけているのは。

彼がそんなに苦しむ世界なら、いっそ崩壊しちまえよと本気で思った。

有名税? 仕事にストレスはつきもの?

知るか。

わたしはステージの上で思いっきり笑う彼に本当に救われて、初めて未来を生きてみたいと思ったんだ。

そんなキミが、ほんとに傷ついてるかなんて知らないけど、知ることはできないけど、わたしはもう彼を見たくなくなった。大好きだよ、まだ。でも、ほんっとうに大嫌いだ。

そう思って2年が経つ。

 

なんて。

閑話休題

話はりょうくんの八王子のセリフに戻る。

 

心のどっかにゃその言葉に苦味を感じでる自分もいたようで、ツアーファイナル、彼の「死ぬまでボヘミアンズをやる、ついてこいよ」のMCを聞いて柵に崩れ落ちた。柵がなかったら周囲の人に迷惑をかけてたと思うので柵があってよかった。愛してるよ柵。

 

平田くん曰く、りょうくんは「Don’t trust」な人らしいです。たしかに、あのMCは、八王子で彼のセリフを「そっかー」と、その言葉を素直に嚥下した私を裏切った。

「Don’t trust」ならば、ずっとずっと、私は「いつか裏切るんだろ!」と思って追っかけるので、そんな私をずっとずっと裏切ってほしい。何千回でも何億回でも裏切れよ、ロックンローラー。こちらもしつこく、裏切りを予感してついていくから。

 

涙だらだらのわたしはステージを目の前にして汚い顔をしていたに違いない。

フルフェイスのマジックミラー素材ヘルメットの開発を求める。

 

アンコールで平田くんがチョコを渡してきたのは、あまりにもわたしが泣き狂ってて悲惨だったからだろうか……途中で、これはわたしが食べるものじゃない、あなたたちのためのもの、と気づいてちょいちょい返したいアピールしてたら受け取ってくれたからほっとした。

ただ尻ポケットに入れた後しゃがんだりしてたから、わたしは「ちょ、チョコォォォ!!!」と心の中で叫ぶことになったのだが……。

☆かくしてのろいはほどかれた

厨二か。

 

2019年12月13日金曜23:06渋谷駅2番線ホームにて

 

高校の3年間、変態と言われるほど勉強したのも

いけるとこまで高い学歴を得ようとしがみついたのも

 

 

いま無職学生のくせにライブ行きまくってるのも

 

(ってか電車の中ですげえいびき聞こえるんだけどこれやばいやつじゃね? 寝てるだけかな)

 

全部復讐のためだった。

私を苦しめたありとあらゆる人間や事象に、「私はいま楽しいけど、絶対お前たちより楽しいけど、なにか?」

と復讐するためだった。

 

だけどもういいや。初めてそう思った。

過去の自分を助けるために生きる必要、ねえなって思った。

私の脳みそを覆ってた泥臭いカプセルは、きっと、やっと溶けて、液体になって、涙腺を通って、長い間居着いてたくせに挨拶もなしに、外気に触れて死にやがったのだ。

かくしてのろいはほどかれた。 

 

 

ボヘミアンズツアーファイナル、渋谷duo。

帰路。電車内にて、記述。

 

私を世界一笑顔にできるロックンロールバンドへ

明るい旅は幕を閉じたけれど、明日からまた、ともに地獄で踊り狂おうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

ボヘミアンズのライブでボロ泣きする予定なんてなかった

 

大阪の翌日から3日間、反動で寝込んだ。いつものことなので別に大ごとはないけれど、期間の最中はアホクソ辛い。でもそれは大阪を全力で楽しんだ証でもある。楽しんだからぶっ倒れた、それだけ。

 

まあそれはそれとして。

 

大嫌いな身体も大嫌いな脳も大嫌いな声。もはやそれを好きになるには遺伝子情報から生まれ変わらないといけないので、「好きになる」、克服することについては諦めている。

わかってても嫌いだ惨めだ情けない使えないとおもってしまうし、そんな自分が大嫌いだ。

 

だけど今日、そんな3日間を経て静岡。

大好きなこのバンドのライブ会場のなかにいるためならば、歓声を上げるためならば、拍手を送るためならば、彼らを見るためならば、大嫌いな身体も大嫌いな脳も大嫌いな声も、この世界に放置しておいていいとおもった。

 

死ぬなよだか死なないでねだか忘れたけど、あのベーシストは、謀られたようなタイミングでそんなMCをした。

 

迷惑な話である。

 

彼らに出会ってしまって、幸せなんて言葉じゃ物足りないくらい、生きてるの楽しい。

残念ながらこれからも地獄からは抜けられない。

中学生だか、そのくらいのとき、医者に言った。死にたいといつも思うと。そいつは言った。死にたいって気持ちは生まれ変わりたいってことだと。ふざけんなスピリチュアルかバカヤロウ。確かに細胞レベルから生まれ変わったら楽になりますな。

 

使うのがこれしかないからと言い訳を置きながら「幸せ」の単語をここに書きたい。

 

好きな音楽の前にいる自分は、その時の自分だけは、大好きだよ。

幸せだよ。

わたしの中の「幸せ」は、「生きてきてよかった」じゃない。「あの時死ななくてよかった」だ。

無い背もたれを頼って重心を移動すればすぐにそのまま後ろに落ちて頭打って身体が割れて消えられる人間に、命綱ができちゃったんだ。

 

あの時死ななくてよかった。

そして、これからも死んでたまるかよ。

 

ボヘミアンズに出会えてよかった。他にも出会えてよかったバンド、勝手にわたしが救われたバンドはたくさんいるけど、大学の中で周囲との違いに自尊心とアイデンティティがボロボロとこぼれ剥がれ落ちていく時間の中に、ボヘミアンズという存在が隣にいてよかった。

 

なあ生きてるよ。わたし生きてるよ、生きて、ライブハウスの人混みの中にいるよ。

 

死なんくてよかったって、これからもしつこいくらいに思わせてくれ。いや、こちらが勝手に思わせてもらおう。

 

助けてくれてありがとう。だけどわたしのことは知らないでいてよな。

 

そもそも地獄だこの世の中。

 

もしも地獄で踊るならロックンロールで、こうやるんだ

 

 

 

 

前日

明日でもし、ピロウズというひとつのバンドの物語が終わるとしても、わたしはきっと絶望することはないだろう。

30年の長さを知らないクソガキの戯言だと、この文章を読まないのも自由だ。ただわたしはネットの海の中に10/16の感情を流しておこうと思っただけだ。送るのではない、流すのだ。瓶に詰めて波に渡す手紙のように。途中で沈むなら沈めばいい。浸水して紙がボロ切れになったって、かまいやしない。流すだけ、流す以上のことはこの行為には求めないし、求めることはできないのだ。

 


10代は、地獄だった。人に言えないような経験に汚い言葉たち。わたしはもう笑い飛ばせるけれど、聞いた人たちが笑い飛ばせるかと問われると、自信がない。それほどの、笑うしかない、笑えない話。

 


20歳になる前に死んでもいい、いや、逆だ。20歳を越えるまで生きるという意思は全くなかった。きっと、何かの拍子にわたしは死ぬのだろうと、その微々たる予感を悲しむことも嘆くこともなく、生きていた。

 


2014年の12月5日。YouTubeで出会ったのはピロウズの曲。某若いバンドのトリビュートで扱われた曲の歌詞がなんだか気になって、それで、今も活動しているバンドなのかも知らないまま検索して、なんとなく流したアバウトアロックンロール。

 


ボーカルのおっさんの顔が可愛いというのが第一印象。そして、そのあとに飲み込んだのは、2番の歌詞。「愛がないぜイス取りゲームキミとサボって床に座った」「夜を待って数えたんだ流れ星と流れない星を」そのままその意味を理解できるようなストレートでない歌詞なのに、その歌詞を知った瞬間思った、「わかる」

意味の理解でも感情の共鳴でもない、単純に、「わかる」と、その歌詞は腹の底に落ちていったのだった。

 


それがピロウズとの出会いだった。

 


ピロウズを聴かないと怖くて眠れない夜なんて、馬鹿みたいにあった。止まらない涙を頬で感じながら、このイヤフォンのコードが、起きたら首に絡まっていて……なんてことを、考えて笑った。

 

 

 

 


人を嫌ってはいけないと思って生きていた。

嫌ってもいいことを知った。

人に嫌われてはいけないと思って生きていた。

嫌われてもいいことを知った。

怒ることも、悲しむことも、当たり前に持っていい感情だと、知った。

地獄みたいな、なんて言葉すら軽い地獄の10代は、ピロウズに出会うためにあったのだ……なんて思いそうになるけれど、「だから傷ついたって平気だって」

 


そんな訳ないだろ

 

 

 

できるならば平凡で、ありふれていて、まともなことで悩んで悔やんで乗り越える、着古した制服で卒業式に泣く、素敵な青春を送りたかったさ。

まあ、だからいま、22の今、年齢の異なるたくさんの友達と、青春を謳歌しているのだけれど。それはまた、ここでは割愛する誇らしい話の1つ。

 

 

 

 


ピロウズが幕を閉じるのなら、それでいいと思う。

別に同じくらい好きなバンドが他にもあるからだとか、興味を失ったからだとか、どうでもいいからだとかでは、決してない。

悲しみ嘆く他のファンに対して、同じ気持ちを強制する気も、笑う気も、励ます気もない。個々の感情は個々のものであることが美しいことなんて、とっくに知っている。

だからここに書くのはわたしの感情だけだ。影響されろなんて一ミクロンも思ってない。つーか、この文章を読む人がいることも想定してないくらいだ。言ったろ、流すだけだと。

 

 

 

 


終わらせることと、終わらせられることと、終わることは、全部違うから。

 


ピロウズという物語を、終わらせるのならば、それが彼らの手に取った選択肢ならば。

わたしは拍手をしながら、その幕が閉じたのを確認して、背を向けて、家に帰り、日常に身を戻すだけだ。

わたしは、そうするのだ。

もちろん泣くだろうね。それは仕方ない。思い出の夜はそういうものさ。

 


10/16、そんなことを思った。

明日思うことなんて、知らねえ。だってこの気持ちは今日のものだから。

 


明日は来るよ、今わたしが窓を開けて、この一室から飛び降りようと、何をしようと。

明後日も来る。その後も来る。時間は流れる。誰が生きようと、誰が死のうと。何が続こうと、何が終わろうと。

 


諦念に見えるかな、ならばそれは素敵だね。わたしは、諦念の先にだって幸せはあることを、ピロウズから知ったのだから。

 


30周年、おめでとう。

その時間の長さを身を以て知って、明日を迎えたかった。

だけどどうにもならないことだからね。

諦めた。

 


いつの間にか、10代は終わっていた。地獄の記憶は消えないけれど。

 


今日の日までわたしを生かしやがって!

憎いよ、ピロウズが。

 


笑いながらそう言ってやる。

 


とある夜、プリーズミスターロストマンが、山中さわおが、30にもなっていない時点で書かれた曲と気づいた。

30年も生きてないのに、人間は、社会は、山中さわおにこんな歌詞を書かせたのかと、これから自分が生きていく世の中に恐怖し震えた。

 


後数年後、わたしもその歳になる日が来る。

そのとき、何を思うか。

楽しみじゃないか。

 


バンドは生き物だから。終わるよ、いつか。

でもロックンロールは死なないだろう。

死ぬような音楽を、彼らは残していないのだから。

 

 

★追記

あ、ダメだわ。サンキューマイトワイライトツアーの再現ツアーやってもらってRitalin202を生で聴くまで私が死ねないので(その後も生きるけど??)なんとしてもピロウズ終わらないで前述と言ってること違うけどこれだけは何があっても譲れない、対バン時リタリンをリクエスト?した某淵くんへの恨みが晴れないからほんとお願いしますわたしにリタリンを聴かせてくださいじゃないと何も悪くない某淵くんがわたしに恨まれたままだよかわいそうだよゥゥゥゥゥゥ!!!